洋上大運動会の大逆転優勝の興奮を味わい、2日後、ヨルダン国(アカバ港)に早速入港。主人は「ヨルダンの学生と文化交流」に参加。私は「死海とペトラ遺跡2日間」に仲良くなったFさんと参加。例によって港に待機している観光バスに乗り込む。世界遺産のペトラ遺跡もだが、気持ちは初めての、しかも20年ぶりの海水浴。それも普通の海水浴ではなく、マイナス412メートルの死海体験。不安と興奮を併せ持っての参加である。
まずは世界遺産「ペトラ遺跡」の見学。巨大な不毛の岩山が連なり、荒山、荒野の中を走ること2時間。悠久の歴史を物語るペトラ遺跡の入り口に到着。帽子が嫌いな私を気遣ってFさんが日よけに大判スカーフを貸してくれた。ゲートからシーク(岩の割れ目)まで約1キロ。乾燥しきった道路の砂ぼこり、容赦なく照りつける太陽、40度を超える気温の中をひたすら歩き、到着。そこから1.5キロ、シークと呼ばれる細い薄暗い道が続いている。巨大な砂岩の裂け目の両側の崖の高さはゆうに100メートル。道幅は2メートル。頭上に迫る崖を見上げながらの徒歩。両側にそそり立った岩のすき間を時折心地よい風が吹き抜ける。湿気がないので陰に入ると意外と涼しくて歩きやすい。崖の下の方には横縞の赤い砂の堆積模様がかつての水路としての溝の形を残していた。
シークを通る馬やラクダは周りに溶け込んでいて映画の一こまのようだった。段々に道幅が狭くなったところでガイドさんから号令。私達は2列になって前の人の肩に手を置き、目をつむってこわごわとムカデ歩き。「止まって」の号令に眼を開けると、そこには明るく目を見張る光景。一気に見せてくれたガイドさんの趣向に驚きを倍増させる事ができたよう。幅46メートル、高さ40メートルにそびえ立つ、見事に彫刻されたギリシャ神殿風の建物「宝物殿・エル・ハズネ」が太陽の光を燦々と受け、砂岩が赤く輝いて堂々と目の前に現れた。みんなこの宝物殿を目指しての道のり。ここまで人を乗せてきた馬やラクダもようやくお役御免と前の広場で膝を折って座り込んでいた。そのほっとした表情に癒された。我々も素晴らしい光景に心ゆくまで堪能。エル・ハズネの至近距離に立って中を覗き込んで、気の遠くなるような偉大な力のこもった遺跡群を眺めていた。砂岩の岩山に彫られた千を越す巨大な建造物、モニュメント、祭壇、葬祭殿、ローマ円形劇場、そして膨大な数のナバタイ庶民(遺跡を築いたと言われるナバタイ民族)の洞窟住居がいたるところにあり、繁栄していた当時の様子を物語っていた。
紀元363年の大地震によって壊滅的な被害を受けて今に至っているという。映画「インディ・ジョーンズ・最後の聖戦」のロケ地としても知られているペトラ遺跡を後に、来た道をもう一度、鑑賞しながら入場ゲートまで戻る。慣れない気温と興奮。まぎれもなく人が作り上げた芸術遺産に脱帽。だが、何とも疲れた。ラクダではないが、へたりこみたい心境のペトラ遺跡観光であった。明日はいよいよ待望の死海での浮遊体験。
(恭子)