■ 第2回 2008年1月19日掲載
主人と亡き母からのプレゼント
2006年6月24日、二年半にわたった母の介護に終止符が打たれた。父戦死のあと、女手ひとつで姉と私を育て、気丈にも父の祖父母も見送り、還暦を迎えた頃から自由な生活を楽しみ、人生を謳歌した母。見習うことの多かった母のように生きたいと…。

旅立った母との別れがようやく受け止められるようになった9月、主人から「こんな旅行、どう?」と『ピースボート・103日間地球1周の船旅』の誘い。「ええっ、3ケ月半?」。最初はとまどったものの、人生の大仕事を終えたばかりの私にとっての2007年6月出発の思いがけない夢の旅。有無も無く飛びついた。まだまだ9ケ月も先の早期割引のきく時期に早々と申し込みをした。誘ってくれた主人に感謝、感謝。今を逃したら…と、周りの心配とは裏腹に夢はどんどん膨らんで、予定表を見ながら気持ちは既に世界に飛んでいた。

出発までの荷物の準備、寄港地情報、資金繰り等とそれなりの期間はあったものの、あっという間に出発の1カ月前になっていた。5月には2人分の荷物(団ボール箱6個)を船宛に発送。いよいよ最後の荷物準備に取りかかる。6月10日、昼過ぎに神戸港に到着。乗船客で大混雑の中、税関を通り乗船手続きをすませ、私達二人は船上の人となった。

ドラが高々と鳴り、甲板はワインで乾杯、乾杯と沸き立っていた。空には運良く出航にふさわしい大きな虹がかかり、我々の船出を見送ってくれた。喜びに包まれた晴々したと顔、顔、顔。いよいよ船は動き出した。夕食までに荷物の整理をすませようとキャビンに戻る。小さめの6畳部屋にシンプルな3段のタンス(その壁に取り付けた鏡)、クローゼット、シングルベット2つ、トイレ&洗面台&シャワールーム、テレビ、と至ってシンプルなこのキャビンが私たちの103日間の住居。1時間もあればそれぞれの荷物が各場所に納まった。2人の旅のはじまり、はじまり。

翌日は恒例の避難訓練に全員参加。映画にもなったタイタニックの遭難事故が少し頭をよぎる。訓練のあと船内を探索、イベントルームなどは7階に集中していて、ひと通り把握できた私はホットする。最初の寄港地(ベトナム)までのクルージングは5日間。一泊二日のベトナムのツアーは私1人での参加。ツアーまでに親しい友人を作らねばと、8階のヨットクラブ(レストラン)でお1人でいらしたFさんと昼食をご一緒する。意気投合した私達は、ベトナムのツアーをご一緒する事を約束する。これで一安心、少しずつ慣れてきた船内生活を楽しみ始めていた。(恭子)