小学四年の頃、頭が大きく後が平たい同級生のあだ名が「航空母艦」、そして算数で仮分数を習ったら彼のあだ名は「仮分数」。全くうまいこと付けるものだ。そして数十年後、私はアメリカで三度の事故を体験した。一度目はアリゾナでトラックと衝突。車は全壊。相手はスウェーデン人。「Didn't you see my car?」と怒鳴られた私は「I didn't see your car」と返した。おまわりさんがインターナショナルカーアクシデントだねと笑わせ和やかなうちに終わったが、友人達からは「クラッシュ・オザキ」とニックネームをもらった。
二度目はカンザスでトラック、橋、最後に木に激突した。友人達からは奇跡だの悪運が強いだの言われた。当時オハイオ、H社の副社長だった同級生のT君とその記念すべき木の前でVマークをかざし記念撮影をした。私のニックネームは「スーパークラッシ・オザキ」と昇進した。
そして三度目、アイオアでの個展のためハイウエーを走行中、突然後ろからぶっつけられたので「Didn't you see my car?」とやった。若い女性が両膝から血を流しながら「I'm sorry」と繰り返していた。そして私は「スーパークラッシュ・オザキ・グレイト」となったのである。
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